犬の優しさに触れたとき
犬と一緒に生活をしていると、その優しさに泣かされそうになることが
多々あります。
うちの犬が特別にそうなのでしょうか。
それとも、犬という生き物はもともと優しい性格をしているのでしょうか。
どちらかなのかはわかりませんが、時にはいじらしくなるほど、
そして心配になるほど、とても優しい犬が私の家にいるのです。
以前、私が足を悪くし、杖をつかなければ歩けなかったときのこと。
杖をつきながら、何気なく犬の側までいきました。
その瞬間、犬が私の足をペロリとなめたのです。
足をなめられたことは覚えていますが、その後のことは記憶にありません。
ところが親が言うには、なめられたことに対し、私がお礼を言ったというのです。
それも、ごく自然に。
お礼を言うに値することをされたかのように。
その場面を見た親は、密かに感動を覚えていたようです。
自分についた傷をペロペロなめている犬の姿を、目にした経験はありませんか?
犬には、傷をなめて治すという習性があります。
もしかしたら、犬は私の足を治そうとしてくれたのかもしれません。
その習性が現れた瞬間なのかもしれません。
そうだとしたら、今更ながら、あまりの嬉しさに涙が溢れそうになってしまいます。
なぜ犬が私の足をなめたのか、実際のところは犬ではなければわかりません。
でも、それは犬の優しさだったのだと、私の足を治そうとしてくれたのだと、
信じても悪くはないでしょう。
こんなこともありました。
それはまだ私が幼き頃。
親が家を空け、留守番をしていた日のことです。
母は専業主婦だったので、1人での留守番は滅多にありませんでした。
留守番といっても、短い間のことだったと思います。
でも、まだ幼い私にとっては、永遠のように長い時間。
親に心配をかけまいと、笑顔で送り出したものの、淋しくて心細くて
仕方ありませんでした。
ずっとこらえていた涙が、とうとうポロリと零れ落ちました。
そのとき、犬がおもむろに私に近づいたかと思うと、
ぴったりと寄り添ってくれたのです。
本当に、ぴったりと。
犬の体温が直に私に伝わってきました。
その温かみを感じているうちに、私の涙もいつの間にか止まっていました。
そこに、言葉なんてありません。
でもそれは、犬ができる精一杯の慰めだったのでしょう。
私も幼いながらにも、そんな犬の優しさをしっかりと感じ取っていました。
よほど安心したのでしょうね。
帰宅した親が見たのは、軽く寝息を立てながらぐっすりと眠っている私。
もちろん、隣には丸くなった犬の姿があったようです。
他にも思い出せばキリがありません。
犬の優しさに触れた場面が、次々と思い浮かんできます。
何度癒されたことでしょう。
何度助けられたことでしょう。
その分、私も何かお返しができていたのだろうかと、考えてしまいます。
